外資系コンサルティングファーム出身の北山と中北が立ち上げたLiMiNALコンサルティング。その社名とコアコンセプトである「YURAモデル」は、情報デザイナー、アートディレクターの土田さん、ディレクター、コピーライターの北埜さんとの深い対話から生まれました。
2024年冬から春にかけて、表参道や塩尻、オンラインでの集中討議を重ねる中で、4人は「揺らぎ」の価値を発見していきます。ロジカル思考だけでは変えられない組織の課題に、どのようなアプローチで挑むのか。プロジェクトの立ち上げから「YURAモデル」誕生までのプロセスを紐解きます。
参加者

北山
LiMiNAL 代表取締役

土田
情報デザイナー・アートディレクター

北埜
ディレクター・コピーライター
プロジェクトの始まり──出会いのタイミング
北山
LiMiNAL(リミナル)を立ち上げるにあたって、コラボレーションを依頼したのがディレクターの北埜さんとデザイナーの土田さんです。
そもそも始まりは2024年の冬。私と中北さんで会社のコンセプトを考えていたときに、「組織の改革にコミットする」など硬い言葉しか出てこなくて困っていたんです。そのときに北埜さんを紹介していただいたのがきっかけでした。
北埜
当時の僕は、クライアントワークをとりあえず受けるという感じで動いていて、自分が本当に作っていきたいテーマや価値観を出していきたいと思っていたタイミングでした。
だから、このプロジェクトに引き上げてもらったという感覚があります。今は新たなプロジェクトも増えていて、本当に感謝しています。
土田
私も、その前後に北埜さんと話す機会があって、「これからどうしましょうか?」みたいな話をしたんです。そのときにすごくフィーリングが合って、「いずれ一緒に何かできるといいですね」と話していた矢先のタイミングでした。何か始まりそうだなって予感がありましたね。
北山
結果的に、土田さんと北埜さんの2人で組む初号案件になり、どんなプロセスで進んでいくのか、そのプロセスそのものも興味深かったです。
北山・中北への第一印象
北埜
すごくバランスがいいお2人だなというのが第一印象ですね。アクセルとブレーキを、どちらか一方だけが担当するのではなく、2人でパラレルに交換し合っているような感じ。引っかかるポイントが2人それぞれ違うから、慎重さと大胆さが兼ね備えられているんです。仲良くなっているからといって、なれ合い的に進んでしまうことがない。それがすごくいいなと思いました。
土田
私は直感的に「サラサラしている」という印象を持ちました。いわゆるコンサル的な高圧的な感じが全然なくて、対話しやすい。その心地よさは何だろうって。実際に表参道で話を展開していく時も、お2人の 知的関心領域が広くて深くて、何でも拾ってきてすぐ打ち返してくる。壁打ちそのものが楽しい感じになるんです。
サラサラしているけど、別に汗をかいていないわけじゃない。仕事や経験にしっかり裏打ちされている上に、かつ現在地はサラサラしている。何かいい風が吹いているなと。プロジェクトがうまくいく予感がありました。
北山
初対面のタイミングで「うまくいきそう」と思ってもらえたのは嬉しいですね。

表参道での集中討議──深い対話の始まり
北山
表参道で行った集中討議では、2〜3時間ほどの時間をとって、私たちの歴史を聞いてもらいながら、会社としてのコンセプトを作っていきました。このとき、お互いのヒストリーを話したんですが、中北さんとは4年ぐらいの付き合いで知ったつもりでいたのに、北埜さんと土田さに質問してもらいながら掘り下げたことで、「こんな経験をしてきた人だったんだ」と改めて互いを知ることができました。
4人だからこそ持てる深まりを感じましたね。自己紹介ですら、こんなに深まるんだっていうのが衝撃でした。
土田
ヒストリーって、いろんな語り方があるのに意外にまだまだ深掘れて、個別にナラティブが出てくる。しかも、それが4人の中でちゃんと響き合っている。割と早い段階でそこにいけたのがすごいなと思いました。
北山
ホワイトボード6面ぐらいの大きさを、対話をしながら埋め尽くしていきましたよね。ここで行われていたのは、まさに対話だったなと振り返って思います。
土田
条件設定があったわけでもなく、何となくのルール感の中で行われましたが、心理的安全性が保たれていたことで、かなり深くまで対話できたと思います。
北山
北埜さんは、表参道での集中討議で印象に残っていることはありますか?
北埜
あのときは、皆さんの話を伺いながらホワイトボードに書き出していたのですが、仮置き的に言葉を書いていったときに「この言葉、ちょっと違和感があるな」と感じる瞬間がありました。「組織開発」とか「〜させる」とか、使役的な言葉、機械的な言葉に違和感があって。新しい言葉じゃないと表現できないなと。
「今出している言葉は仮である」という前提に立って対話できるかどうか。4人の真ん中にあるものを探っているという時間が心地よかったです。
土田
わかります。仮説で仮置きして、何となく違和感を抱えながら議論を進めるけど、それを置き去りにしないで、もう一回フィードバックできる。戻れるっていう視点を持ちながら話せることの価値。そのプロセス自体がすごく尊いなと思いました。
対立から生まれた気づき
北山
表参道の対話のなかでは、対立も生まれました。
北埜
そうですね。あのときのメモで「大きな方向性が同じで2人の意見が違う時は、イノベーションのチャンス」というのが残っているんですが、改めて本当にそうだなと思います。違いを対立として捉えるのではなく、新しい何かを生み出すチャンスに捉えられるかどうか。あの場では、立ち止まって新しい形を探るという方向に持っていけたからこそ、深くいけたんだと思います。
土田
対立が生じている中で、客観も生まれつつ、所感もちゃんと残しながら、その場にいる4人がずうっとその状況に入っていける。その了承のさせ方が絶妙でした。議論しながら、YURAの仕組みというのがこういうことなんだっていうのを、何となく体感していました。
北山
対立が生まれて、その対立を深掘っていったというプロセスが、その後の塩尻合宿でYURAモデルとして昇華していったんだと思います。ここでの成功体験があったからこそ、次のステップに進めたんだろうなと。
LiMiNALとYURAモデルの誕生
北山
塩尻での集中討議で社名とYURAモデルが生まれました。そこに至るまで、土田さんと北埜さんの間でどのような経緯があったのかを伺いたいです。
土田
最初は「トランジションコンサルティングファーム」という名前が仮置きされていて、社名をどうしようかと。
さらに「YURA」という言葉が何となく出てきて、アイコン的なものも出てきて。2つの円で語れるようになっているビジョンの揺らぎの話と、社名をどうするかが、まだはっきり分かれていない状態でした。
北埜
トランジションという「変容」と、YURAやリミナルという言葉がつながったのが、個人的には発見でしたね。
既存の場所から違うところにすぐには移行できないから、探っていくプロセスが必要で、そこで揺らぎが発生する。この制作プロセスそのものがトランジションのためのYURAだったということ。作り出そうとしているものが、自分たちが体験しているものであるということが、入れ子構造になっていました。
土田
インターバルがあって、場所を変えて、少し時間を置いていく。それがまさに揺らぎ的な動きを示していて、表参道で対立が生まれたなとか違和感があったなというのを次の起点にして、今度は別のコンパスを使って進んでいく。時間軸が介在することで、うまい具合にアイデアが醸成していったんです。
北山
「リミナル」というワードはどこから出てきたのでしょうか?
土田
精神科医の宮地尚子氏の『傷を愛せるか』という本を読んだときに、「リミナル」という言葉が出てきたんです。もともと心理学や精神医療、人類学の分野の言葉なんですが、「あれ? これって2人の会社にピタッと合いそうだ」と思ったんです。
北埜
「YURA」という言葉も、『玉響(たまゆら)』という本で出会った言葉なんです。響くこと、揺らぐこと、共に作ること。共創の前に、お互いが揺らがないと、揺らいで重なったところで初めて響き合う。その身体感覚みたいなことがベースにありました。
土田
「YURA(ゆら)」という音の響きも大切でした。濁ってないし、破裂音でもない。すごくいい響きだなと。時間軸の中で減衰していく音の広がり、それをここでは「ゆら」と呼ぶんだけど、空間と時間がないと成立しない概念なんです。
北山
YURAモデルという言葉を聞いたとき、私たちが表現したい世界観を、そのまま言葉にしてもらったような感覚がありました。これしかないなって。
YURAモデルとは何か?
北山
YURAモデルの考え方は、私たち自身が現状も理想も揺らいだ経験があったからこそ、たどり着いた概念だと思います。順調に何の風もなく来ていたら、多分たどり着いてなかったんじゃないかな、と思っているんです。
土田
人によって挫折とか傷とか、立ち止まる瞬間とか、そういう体験は個々で違うんだけど、そういう体験の束みたいなものを「ゆら」と呼ぶんだとなんとなく合意になっていて。それをデザインとしてパッと見せてみたら、温泉につかった時に「ああ〜」とつい声が出るみたいな感じで、「これだよ、これ」みたいに浸透していきました。
北山
討議でホワイトボードに可視化されたときの感動は今も覚えています。「できた!」って。
北埜
考え込んで考え込んで考え込んだものをぶつけたというよりは、みんなが思っているものを出し合って、違和感があるものとしっくりくるものを並べていった結果にたどりついた感覚があります。
土田
もうすでにこの辺りにあったものを、ひょいっと取り出してきたような感じなんですね。

LiMiNALってどんな会社?
北山
お2人から見たLiMiNALってどんな会社か、印象を教えていただけますか?
土田
そうですね、「名は体を表す」に近いでしょうか。リミナルという領域を横断していく社名に加えて、「つかれない社会」というコンセプトがあって。活動すればするほど、メッセージがダイレクトに伝わりやすくなる。接点がある人たちも変わっていきますし。これからどんどん動くだろうなという期待値しかないです。
YURAモデルそのものが携帯性、モバイル性が高いと思っています。今はビジネスや組織の現場に応用しているけど、そのうち本当にYURAモデルが独り立ちして、いろんな全然違う現場、心理学とか、いろんなところに汎用的に使われていくモデルになるんじゃないかな。重たさがない。聞いて教えてもらってすぐ使えるような、可塑性が高いモデルです。
北埜
外資系コンサルの思考法が尊ばれる風潮の中で、「でも、それだけでは変わらないんじゃないか」という素朴な違和感から、この取り組みが始まっていると思います。実はみんなそれを感じている。ロジカルだけじゃやっていけないよねって内心思っているけど、出せないでいる。そこに対しての具体的なソリューションを提供するのが、このLiMiNALという会社だと思います。
どっちつかずということの価値、グレーゾーンや揺らぎを許容するということを、ビジネスのど真ん中でやってきたお2人から発信することの価値はすごく大きい。
土田
世界的な経営学者である野中郁次郎さんに「SECIモデル」とかは面白いけれど「重たい」印象がある。それを種みたいに圧縮して、YURAモデルとして持ち歩いて、その解凍の仕方を見せていく。先人が生んだ偉大なモデルを、YURAモデルを通して解凍すると、うまく運営できますよというイメージです。
LiMiNALへの期待
土田
LiMiNALの「YURAモデル」は携帯性や展開性が高いので、ビジネスに限らずあらゆるところに応用できるものとして浸透していくのではないでしょうか。
北埜
2つの両極を揺らぎ続ける「デュアリズム(二元論)」は日本の本質だと考える学者は多いんですよね。しかし、それを方法として落とし込むという考え方は僕は目にしたことがありませんでした 。それがYURAモデルとして、方法に落とし込まれているのがすごく先進的だと思います。
リミナルという社名や揺らぎというコンセプトにも現れているように、人類学や哲学領域への親和性が高い。SECIモデルに比べてもアドバンテージになるのではないでしょうか。今後の分野横断性や人生100年時代という、より大きなコンセプトや社会潮流に寄与できると思います。
土田
揺らいでいる人たちに市民権を与えていってほしいですね。たとえば、経営者だけとか成功者だけを取り上げるのではなく、大学を休学しようか悩んでいる20歳の子と、会社の方向性で悩んでいる会長が、同じメディアに出てくるとか。個別の部分や全体として語られるけど、状況は同じ「揺らぎの現象」として捉えていく。そういうコンテンツがすごく楽しいと思います。
インテグレーター的な人材、つまり論理と感性の両方を持った人たちが各部署に1人2人いても、それが全く理解されないで苦しんでいることがある。そういう人たちが分かられ った瞬間に、過去10年の経験がバーッと腑に落ちて、組織がガラッと変わるはず。そのきっかけを作れるのがLiMiNALだと思っています。
北山
コンサルタントがYURAをやるっていう意味はあると思います。一番かけ離れてそうな人たちがやるということと、揺らいだものを意味あるものにコンサルが最後まとめてくれそうっていう期待感があるのではないかなと。
何もないところからではなく、すでにあるものをYURAモデルを通して発芽させていく。だからこそ、自分は否定された感じがしないし、新しいものを得なければいけないとガツガツしなくてもいい。何となく自然にそっちに足が向かう。そんな世界を作っていきたいです。
土田
弱みを補強して頑張るんじゃなくて、弱みも強みも両方使う。そういう事例がどんどん増えていくといいですね。
北山
お2人と生み出してきたこのモデルが、この先どんな展開をしていくのか、私たち自身も揺らぎながら、楽しみながら見ていきたいと思います。本当に一緒にここまで伴走してくださって、ありがとうございました。

