LiMiNALの北山・中北と中村さんによる座談会。中村さんは対話学の第一人者であり、現在は武蔵野大学ウェルビーイング学部で准教授として教鞭を取っている。LiMiNALではビジネス文脈における対話の技術や対話力醸成についてサービス全般の監修をいただいています。
今回は事業の軸となる対話について、その本質、重要性、実践方法、そして日本における対話の歴史とLiMiNALが目指す方向性を語り合いました。
参加者

北山
LiMiNAL 代表取締役

中北
LiMiNAL 代表取締役

中村
武蔵野大学ウェルビーイング学部 准教授
対話とは何か ~雑談・会話との違い~
まずはお二人の対話に対する感覚をお聞きしたいですね、これまでの変化についても教えていただけますか。
最近よく考えるのが、雑談と会話と対話の違いについてです。雑談は、お互いが好き勝手に言いたいことを言い合っている感じですよね。そして会話は、質問と答えのやり取り。そして対話は、お互いが対等な立場で意見を述べ合うこと。決して高尚なものではなく、対等であるという前提を持ちながら言葉を交わしている状態だと思うんです。
起業の検討を始めてから、この対等で言葉を交わすことの難しさと大切さを痛感しています。
自分も本当にそう思います。コンサルタントとしてお客様と話すときも対等を大切にされていたと思いますが、何が違うのでしょうか?
コンサルタントという役割では、レクチャーやティーチングをする義務を背負って演じながら質疑応答をする場面もありました。でも事業検討では、そんな演技をしていては前に進まない。だから対等な立場で、腹の底から出てくる本音を相手に伝える必要があるんです。
役割と共に、背負っているものの違いもあるのでしょうね。対話の特徴を議論と比較してみると、議論は勝ち負けをはっきりさせたり何かを決めるもの、対話は何かひとつのことを深めていくもの、という違いがありますね。
私は勝ったときの高揚感から議論がすごく好きでした。しかし、勝ちがあるということは負ける人がいるということ。話を簡略化して最短距離でゴールに向かう感覚に違和感を覚え、対話に興味を持ちました。対話の場は優しくて温かい雰囲気の中で、お互いの考えの奥底にも意識を向けながら深めていく。その雰囲気も進め方も素晴らしいと思っています。
企業活動として対話を導入するには、きっと、あえて対話と議論を分けることが必要でしょうね。最終的に何かを決めることは必要ですが、最初から議論してしまうと、人の気持ちや想いが置き去りになって、物事がうまく進みません。だからこそ「対話してから議論をしよう」という考え方が広まってきているのです。
対話の歴史 ~日本のビジネス現場での発展~
日本のビジネス現場で、いわゆる「対話」が導入されだしたのは、90年代にワークショップが輸入されたのがきっかけです。ワークショップを進めるためにファシリテーションも同時に輸入され、それを日常業務でも使っていこうという動きの中で「対話」への感度が高まりました。
ただ、学術論文などで議論と対話の違いについて明確にしたものを自分は知りません。つまり、まだまだ未開拓の分野であり、人によって大きく違う解釈をもって現場での実践をしているのだと思います。私の感覚では、議論と対話は共に「一緒に・ともによりよくする・前に進める」という姿勢があります。その姿勢の上で、物事を分けて考え、言語を通じて合意形成をするのが議論、分けないで全体を全体のままに、言外のものも含めて扱うのが対話だと考えています。
さらに付け加えると、議論とディベートも異なるもので、日本ではあまりディベートがうまくできていないのが実状だと思います。
日本ではなぜディベートができないのでしょうか?
ディベートは方法がきちんと確立されています。立場を分けて、主張と論拠を明確にし、それをお互いにぶつけ合い、戦います。ある意味では、言葉を用いた勝負の場です。
ただ、日本ではそういったディベートの学習を全員が受けているわけではありませんし、ビジネス環境では、声の大きい人や立場が上の人が、ただの主義主張を通すための取り組みになってしまっているように思います。

なぜ対話が重要なのか ~現場で直面する課題~
そのうえで、なぜお二人が対話を求めているのか、どんな活路を見出しているのか、ぜひお聞きしたいと思います。
コンサルタントとして大手企業2社の合弁会社立ち上げプロジェクトに参画した時、全然話がかみ合わない経験をしました。それぞれの会社から優秀な人たちが集まっているのに、お互いが話していることを、不信感というフィルターを通して聞いていたんです。
そこで感じたのは、ただ人が集まっても、どんなに優秀であっても、一体感や同じ目線が必要だということ。それ以前に人を人として認め合う土壌がないと、事業は前に進んでいきません。表面的な課題解決ではないアプローチが必要だと直感的に感じたのが、私が対話に着目した原体験です。

ビジネス現場では人や組織を統制したい(=思う通りに動かしたい)という気持ちが大きくなり、そのために何らかの力を行使するがよく見受けられます。しかしそういった方法をとると、あくまでもその人が見える範囲での対応しかできませんし、結果しか出ません。関わる他者とともに創っていくことをしないと、成果は自分の範囲を超えていかないのです。
私たちの仮説では、企業や個人で起きている課題や問題を根源の原因まで突き詰めると、すごくシンプルな人の感情に行きつくのではないかと思っています。怖さ、悲しさ、寂しさ。こういったものをこじらせにこじらせて、役職や権限に紐づいてややこしくなっている。それがしがらみになって、結局組織は変わらないし、働く人も苦しくなっている。その根本にアプローチしていきたい、変えていきたいと思っています。
恐れを煽ってビジネスをし、恐れを煽ってマネジメントしている。その方が楽に統制できるからです。それをどう手放すかは、社会を変えていくうえでも大きなポイントですね。
自分自身の中にある感情を認めること、そしてそれを声として出すこと。このどちらも、特にビジネス環境において難しいと感じています。「自分で気づいて勇気をもって発信しろ」は言うは易く行うは難しです。そこに外部コンサルタントが入る意味があると考えています。
実は私たちの間でも起こります。本来受け取ってほしいのは「分かりたいのに理解できない寂しさ」なのに、口では「情報が足りない」「それじゃ伝わらない」など表面的な言葉になってしまうんです。
感情、さらにその感情の背景にある価値観も含めてすり合わせていく営みが大事だと思います。そうでないといつまで経っても合意形成できず前に進めない。まずはお互いの価値観は素晴らしいものだと認め合うことがスタートで、それができて初めてスタートラインに立てると考えています。
対話の身につけ方 ~身体感覚の大切さ~
すべてのことにおいて同意する必要はありません。同意とは、どちらか一方だけが自分を変えて、相手と「意を同じくする」ことであり、、その方法として統制やコントロールの力を働かせることになります。
そうではなくて合意をする。合意とは、お互いが変わりゆくなかで「意を合わせる」こと。それは無理強いされるのではなく、まず相手の意見を自分が受け取って、自分の身体の中をくぐらせる。そうやって身体を経て、自然と出てくる言葉を交わし合うことで、無理なく進むことができる。。この身体感覚のイメージができることが、とても大事です。そうすることで自分の感情や価値観を置いてきぼりにせず、それらを言葉に乗せられるのです。
身体で分かることは大事だと思っていて、今の話はリフレクション・内省・自己開示と同義だと思うんですが、その単語だけだと頭では理解できても行動するのが難しいですよね。
内省って言われると、すごく静かな場所でじっくり時間をかけて自分と向き合うイメージを持ってしまいます。「それをしてから言葉を出しましょう」と言われても、そのタイミングではもう会議は終わってるし、現状も変わってしまう。「一回くぐる」というイメージを持てると、できる気がします。
相手の言葉を受け取る、手に取る、それをみずからにくぐらせる。まずはこの身体感覚を得ることが大事です。座学で学んで実践するより、まずはやってみる。自転車に乗るのと一緒で、身体で覚えていくことが大事だと思いますね。
本を読んで明日からできるようになるものではなくて、対話ができる人が対話を伝授していく。実践しながら「今のはくぐれてないよ」というフィードバックを得ることが大事だと思います。自己流ではなくプロにお任せした方が早く習得できますね。
心を開いて受け取るって結構しんどいし、傷つくこともあります。だからこそ第三者のサポートが必要だと考えています。そして概念を先に理解してしまうと頭でっかちになってしまい、うまく対話をインストールできないとも思っていて、その意味でもまずは体感することが大事です。

ここまで話をしてきて、対話は身体要素を伴う運動に非常に近いと感じました。自転車の例えは分かりやすいですね。まずはとにかくやってみる。最初は補助輪をつけて、家族にサポートしてもらいながら、気づくと自分ひとりで漕げるようになっていく。
自分で漕げるようになった後、ずっと家族が横についているわけではなく、独り立ちしてもらう。そこも私たちが目指すコンサルティングと似ています。いつまでもコンサルタントが入っているわけではなく、ある程度の時間をかけてサポートし、最終的にはお客様たちで対話を組織内に浸透してもらいます。

身体性を取り戻す ~機械的な働き方からの脱却~
これまで話してきた通り、対話は身体を通じた人と人とのやり取りなので、身体性を伴います。ただ、ビジネス現場ではこの身体性に無自覚で、それが色んな問題を生んでいると思います。だから職場に感情を取り戻すのも大切ですし、身体を取り戻すことが重要なのです。
機械が仕事をしているわけではないですからね。天気が悪かったら気分が落ちる人もいるし、腰が痛い人もいるし。
産業革命のときのマネジメント観でずっと仕事をしていると思っています。機械が仕事をしていたら、身体性も感情も必要ない。ただ、現在ほとんどの仕事では人がメインで行っている。それなのにマネジメントは機械が仕事をしているときから変化していない。いろんなことを変えないと無理がきています。
最近減ってきましたが、37度5分くらいまでは風邪ではないと出社するとか。パフォーマンス下がるし、周りに移したら危ないからやめてほしいと思うんですが、体がSOSを出していても仕事を止められないのはやっぱりおかしい。もっともっと自然であっていいはずです。大人が40何年間、一日8時間、そんな大量の時間をつぎ込んでやる仕事が義務と苦痛だけであってほしくないと私は心から思っています。

現場に対話を根づかせるために
冒頭の問い「なぜ対話をするのか」に対して、ウィリアム・アイザックスは「対話はコレクティブ・シンキング(集合的思考)である」と言っています。”間”で起こることこそが『考える』ことであると。自分の感情や価値観との対話を通じて考えつつ、人との対話を通じて考えること、それらの往復行為すべてが「考えるという行為」なのです。つまりは、自分の頭の中だけでは考えられないのです。
企業でこれをするためには相当な準備運動が必要だと思います。頭の中のちょっとした違和感とか浮かんだものに気づいても、それを抑え込んでいたら、いつの間にかそれに気づけなくなってしまう。そういうことが企業にはすごく多いと思っていて、そこから手をつけないと、本当の組織風土改革もダイバーシティも何も進まないと思います。
「ここに想いや考えを出しましょうね」って言われても「何もありません」となってしまう。先ほどの2つの恐れ(自分の感情に気づくこと、それを場に出すこと)を乗り越えるには、リハビリというか、準備運動しないとたどり着けないんだろうなと思います。
私の歴史観では、戦後の日本ではその恐れは乗り越えていたと思います。なぜならば、話さないとやっていけないから。国を立て直すときに、どうすればいいのかは誰にも分からないし、もうとにかくやろうと裸でぶつかり合うしかなかった。
60~80歳代の人たちはそれを普通にやっていたはずだし、それを40~50代の人は見ていたと思います。対話は体感的だから、思い出せさえすればできる。むしろ逆に20代の人は知らないから、そういうぶつかり合いの良さは一回やってみないと分からなくて、やってみて覚えていくことが大事じゃないでしょうか。

信念を持って働く喜び
話が少し逸れますが、20年前の50歳代、つまり今の70歳代くらいの人たちには迫力やブレない信念がありました。一般的な方向と違うことを決断しても人がついてくるような人望があった。そういう人と一緒に働くのは大変だけど楽しかった。自分は仕事の現場に、そういう世界を取り戻していきたいですね。
私が新卒で働いていたメーカーにもそのような人がいました。やっぱりめちゃくちゃなことを言ってますけど、ついていきたいと思う。そして、こちらが信念を持ってぶつかっていくとそれを喜んでくれたし応援してくれました。
コンサル現場ではなかなか見ない光景ですね。信念で語ることを求められてこなかったし、コンサルの私たちが信念でものを語ることを良しとしなかった。私たちコンサルがコントロールする図式を作ったのかもしれません。
メリットデメリットを出して、MECEに考える。そうして頭だけ使っていると、くぐらせることはできない。だけど、私たちは本来のコンサルに戻していきたいのです。
ロジックとロジックで戦わせて勝たないといけないという風潮がありますよね。本当は腹の中に「これは違う」とか「これは嫌だ」っていう感情や価値観があるはずで、それを出さずにロジックで話そうとするから前には進まない。
その結果、まったく本質じゃないことに時間を取られたり、過剰にデータを集めたり分析したりしている。本当の意味でのコンサルっていうのは感情や価値観、良いとか悪いとか嫌だとか、それらを出すし、出せるような空気や人たちを作っていくことだと思います。
そう考えると、世の中に一般流通している対話とは違う温度感がありますね。すごく優しい柔らかい感じだけじゃない。ビジネスの場でやろうとしたら結構スパルタで厳しいなと思います。
優しい中に厳しいことがあるというのが、対話を組織で使っていくことの世界観だと思っていて、やっぱり生ぬるいとは違いますね。みんな真剣だし本気だと思うから。
組織開発の専門家である立教大学の中原教授は『ガチ対話』という言葉を使っていますね。そういう関わり合いができると、仕事はもっと楽しくなりますよ。
楽しく仕事したいと思ってるんですよ、みんな、絶対。究極言うと、人生幸せに生きたいと思ってると思うんです、みんな。それなのに時間の大半を使う仕事は楽しくない。嫌でしょ絶対、誰も望んでないと思う。
そういう世界を私たちはコンサルという仕事を通じて広げていきたいですね。

